FC2ブログ

哀しきサラリーマン、逆境に活路を追い求めて

長年転勤が叶わず、自分を最も活かせる仕事になかなかたどりつけないでいる方はいらっしゃいませんか。今の職場でくすぶりつつも、近い将来自分が飛躍できる時をじっと待ち続けている方とそのつらい気持ち、熱い思いを一緒に分かち合いたいと思います。

言葉の重み

先週金曜日、就職関連の出願書類の発送作業をした。袋詰めする前に最終チェックしてそれから袋詰めをしたのであるが、封をした後、袋と中身が果たして一致しているか急に自信がなくなり焦りを感じた。幸いこれまでに企業から間違って届いたとの連絡が入っていないので、無事各企業に届いたと思っている。ところで小生がこのことでろうばいしていた時、それを気遣った同僚が言った「たとえ間違って届いたとしても、会社から連絡が来ますよ。」という何気ない言葉がやけに気になった。こちらとしては、「たとえ」でも起こってほしくないと思っているのに、その可能性を示す「たとえ」は心配している人を「火に油を注ぐ」ような気持ちにさせる。こんな時は相手の気持ちを十分に察して、たとえその可能性があるにせよ、いたずらに心配を助長するような言葉は発しないほうがいいなと実感した。今後生徒の進路指導を行う際に気をつけたい。
スポンサーサイト

テーマ:不安定な心 - ジャンル:心と身体

思い込み | コメント:0 | トラックバック:0 |

思い込みが強い

中央大の高窪統教授が刺殺され、かつての教え子が殺人容疑で逮捕された事件で、産経新聞には容疑者のことをよく知る同大学の卒業生の話として「思い込みが激しい」との報道がされている。犯罪心理学が専門の専修大の森武夫名誉教授は、容疑者が卒業後「孤独」と「挫折」の二重の悩みを抱え、「(職を転々とする)不遇な状況を自分で作りながら、その原因を強引に殺害された教授になすりつけた可能性もある」との見方を示す。実はこの私も思い込みが強い傾向にあり、受験したあと結果が届く前に「不合格」と思い込み、ふたを開けてみたら実は「合格」だったということがこれまでに数回あった。さらに、この3月の定期人事異動の際も、ずいぶん前から「今年は間違いなく転勤」と思い込むものの結局思いどおりにならず、その後かなりのショックを受けた。人が何かを思い込むにはそれなりの根拠があり、そこにはその人特有の思い込みがある。ただ、容疑者のように人を逆恨みするのはよくない。自分には全く非がなかったのだろうか。自分の人生を「狂わせつつある」のは本当に教授なのか。それとも「自分で」狂わせてしまったのではないか。このブログを最初からお読みの方はご存じだが、私はずっと願い続けてきた転勤が今春も叶わず、定年退職後そそくさと郷里の北海道に戻った前校長をずっと憎んでいたが、その後こうしてブログを始めるとともに、仕事もこれまでのように頑張り過ぎないように決めたことから、悔しさからは徐々に遠のきつつある。残念ながら定時に退勤することは難しいが、昨年と比べると帰りは早く、その分帰宅後家で自由な時間を持てるようになった。殺人まで犯した容疑者は教授に対して相当な恨みを持ち犯行に及んだと思われるが、本来であればその原因とも考えられる自らの性格や行動について自省することで、「自らの逆境に活路を求めて」ほしかった。人を殺したらもう何もかもおしまいである。

テーマ:雑記 - ジャンル:日記

思い込み | コメント:0 | トラックバック:0 |
| ホーム |