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哀しきサラリーマン、逆境に活路を追い求めて

長年転勤が叶わず、自分を最も活かせる仕事になかなかたどりつけないでいる方はいらっしゃいませんか。今の職場でくすぶりつつも、近い将来自分が飛躍できる時をじっと待ち続けている方とそのつらい気持ち、熱い思いを一緒に分かち合いたいと思います。

学年主任の2年間2

最後の最後というのは卒業式でのことだ。在校生代表の送辞に続いて卒業生の代表が答辞を読む。その中で語られたことが私の胸をぎゅっと締めつけた。それは3年の体育祭の日のこと。私のクラスは他のクラスとコースが違うので在籍する生徒の数が他の半分ほどしかいない。体育祭はクラス対抗で行われるため、人数の少ない我がクラスの生徒はその分他のクラスより多くの種目にエントリーしなければならない。生徒たちはぶつぶつ不満を口にしながらも、一つの種目に出終わるとすぐに次の種目の出発地点に向かった。体育祭最後の種目はクラス対抗リレー。男女10人が交互にバトンをリレーしながら走る。10人といえばクラスの3分の2に当たる。そこまでの中間得点は全校8クラス中3位につけていた。この人数でこの位置にいるのだからこれだけでもすごいと思っていたが、リレーが始まるとすぐに我がクラスがトップに立ち次の走者にバトンタッチした。その後走者が次々とかわっていったが、依然として我がクラスはトップを走っていた。残りあと3人。2位との差が縮まり追い抜かれそうになった。すぐ後ろに2位が迫る中、次の男子へバトンタッチ。すると再び2位との間が空き始めた。最終走者は女子。そのリードを保って堂々の1着ゴールイン。競技中終始トップを保った完全勝利であった。総合結果は準優勝。生徒たちは大喜びし、教師たちからは健闘を称えられた。この感激はやはりクラス担任でなければ味わえないことであるが、それを2倍にも3倍にも膨らませて感動させてくれたのが、卒業式での代表の答辞。彼女は他のクラスの生徒であったが、このことをしっかり覚えていてくれて、「全校で一番少ないクラスがリレーで大健闘し、その他の種目でも少ない人数を克服して最後まで頑張り抜いた」ことを敢えて3年間の思い出として語ってくれたのだった。これを聴いてクラスの多くの生徒が涙を流したのは言うまでもないが、実は最も涙したのはこの私であった。彼女の話を聴きながら肩を震わせ声を殺しながら涙を流していた。年をとると若い時に比べ感激することが滅法少なくなるが、この時は久しぶりに感激を味わった。まさに教師冥利に尽きる。
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学年主任の2年間1

転勤が決まって数日後に新任校へ打ち合わせに出かけると、校長から2学年主任をするよう言われた。しかも小規模校ゆえ、クラス担任も併せて引き受けるよう頼まれた。学年主任だけでもたいへんな仕事なのにクラス担任もということで、その後予想どおり多忙な日々が始まった。例えてみれば、かつてのヤクルトの古田敦也が選手兼監督をしていた時のようなもの。当然のことながら、学年主任としてまずは学年全体に関わる仕事を優先する。担任としての仕事は二の次になる。職員朝会のあと、どこの学校でも学年ごとの打ち合わせを行うが、そこで話すことや必要な配布資料などはその時までに準備しておかなければならない。それを前日勤務を終了する前に遅くまでかかって行うか、翌朝早目に家を出て行うかする。クラスのことが後回しになることがたびたびあり、その都度クラスが手薄にならないよう学年の仕事とのバランスをとるのにとても苦労した。こんな時は何度も、「学年主任だけであればどんなに楽なのになあ」と思うことがよくあったが、この考えが大間違いであったことを悟らせてくれたことが最後の最後に起こった。

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